「自分に向いているものは?」進学・進級時に考えてみよう!|キャリコン布川式、「なりたい自分発掘法」

 

4月になりました。進学・進級おめでとうございます ^^

さて進学・進級するごとに「将来の選択」に向き合わなくてはなりません。

 

「どの学校に行こう?」「何を目的にしよう?」「その学校を選ぶ理由は?」そして「将来の仕事は?」

 

そして、「自分らしく生きるには?」

迷ってしまった時、一歩でも前に進む方法について、今日は書いてみます。

 

思春期世代には「自分の適性」は判断できない

 

僕も思春期時代には将来が「不安」だらけでした。

親に相談しても(ウチの場合は)「安定した仕事に就きなさい」という親自身の曖昧な願望だったり、

「お前は数学ができないから(自分にはそれほどの苦手意識はなかったのに)」とか、

「これが向いているんじゃないか?」という「提案」ではなく

かえって苦手な分野を指摘されたりと、全く参考になりませんでした。

 

学校の担任に相談しても、そもそも他人である生徒に「これがいいよ!」などと言ってくれるははずもなく、

とりあえず、成績の良い教科から、「これが向いてるんじゃない?」と、

無難な進路指導がなされるのが大体のパターンです。

 

しかし、「自分が決めた」ことならば、後になって納得がいくはずです。

では、その感覚に少しでも近くにはどのように考えればいいのでしょう?

 

親の「不安感」が子どもにブレーキをかける

親の考え方や具体的な言葉がけは、子どもの生き方や「自信」に非常に大きな影響を及ぼします。

気づかずにやってしまうことの一つは過干渉。つまり「心配のしすぎ」です。

 

「これをやってみよう」「ここに行ってみよう」という子どもの意欲に

『心配だから』というブレーキをかけてしまっていませんか?

意欲はアクセル、心配はブレーキです。

 

もう一つは、隠れた「脅し」

「せっかく○○したんだから、最後まで頑張りなさい」というのも「脅し」です。

子どもにとっては、「何かを始めたけれど途中で飽きた」「結局モノにならなかった」「お金を無駄に使ってしまった」という負い目は、「親に申し訳ない」という気持ちと同様、自分にとっての「負い目」になります。

 

「これを始めたら最後までやらなければならない」

「失敗は許されない」

と、潜在意識で自分の「興味と関心」を感じる本能を蓋してしまい

『あ、これをやっていても楽しくないな・・』という、「無意識の本音」を感じられなくなってしまう危険性もあります。

 

試してみたものの、『自分にはやっぱり向いてなさそう』とか『イマイチ楽しくない』と感じたならば、

それから一旦撤退するのも、時間を大切に使うための大事なひらめきです。

 

『モノになってもならなくても、トライしたことは一つの経験』と割り切ってみませんか?

逆に、「いつまでもやめられない」のは、それは「好きだから」です。

そのものを大事にしてみませんか?

 

「やってみなければ、自分の適性なんてわからない」

進路選択で悩んでいる人に、

「将来何になりたいのか、未来の”なりたい姿”から逆算して決めなさい」とアドバイスする人がよくあります。

僕はこれには反対です(もちろん、”夢”があれば一目散に突き進むべき!)。

 

「これからどうすればいいのかわからない」時は、

「未来の自分が想像できない」ワケなのですよ。

そして、その「わからない」理由は、

自分の将来について慎重・真剣に考えすぎていたり、失敗を恐れているから。

 

言い方を変えれば、

「自分は何をやっても大丈夫」

「ちょっとくらい困ったことがあっても、結局なんとかなる」的な、

『根拠のない自信』が身についていないからです。

そもそも、部活と勉強中心の生活しかしてこないのが、一般的な日本の学生です。

中学や高校段階の進路指導においては、「根拠がないけど大丈夫」という、自己肯定感が力強く背中を押すものです。

まだやったことのない仕事のことは、やってみないとわからないわけですから。

 

ますは、やってみることに抵抗感がないことが大事。

それには、「何をやっても楽しい」と思えることは強みす。

 

幸い、今の企業には「自分を試す」ことができる、インターン制度も増えてきました。

就職前に、時間の余裕の限り自分を試すことが可能なのが、今の社会です。

それには、生きるためのエネルギー充填がとても大事。

 

親の「勇気づけ」は子どもの背中を押します。

 

とりあえず、これから始めよう

さて、思春期にとって高校の選択は将来への第一関門です。

そして、「学習」は避けて通れません

 

毎日朝から放課後まで教室で先生の話を聞き、本を読むこと。

これが大嫌いならば、他の道を探すべきだと考えます。

毎日、自分の嫌いなことをしなくてはならないのでは、気持ちも荒れます。

 

部活が目的の高校進学もあると思いますが、実際に試験ができず留年、さらに退学することも多いのが実情です。

勉強は「しなくてはならない」もので、中学と高校では学校からの「要求」は大きく異なります。

 

もし勉強以外に集中した分野があるのならば、全日制以外の進学を考えてもよい時代かもしれません。

今は、web授業とレポートで単位が取れる学校もあるくらいですから。

次に、「どれを選べばいいのかわからない」場合の対応ですが、こんな順序で考えてはいかがでしょうか?

1)とりあえず、今興味を持っている「好きなこと」をリストアップ

2)それはいつから続けてきたのか、書いてみる(紙に書くと整理がしやすい)

3)「今しかできない」順に優先順位をつける。

簡単ではないですか?

 

「遠い未来のこと」については考えなくてもいいのです。

おそらく同意していただけると思うのですが、「今やっていること」は「やっていて嫌いではないもの」である場合がほとんどで、

「ホントはやりたくないんだよ~~」と思っていれば、いつの間にかやらなくなっているはずです(お金を稼ぐ目的の、大人の仕事についてはこの限りではありませんが(^^;)。

 

この「やっていて嫌じゃないこと」「なんとなく続いているもの」に気づく時、そこに自分の適性があるはずです。

時間が経つうちにやっていることが徐々に絞れてくる・・、というのが僕の経験上言えることです。

 

長く続いていることが、気づかないうちに選んでいる「自分の適性」と言ってもいいのかもしれません。

 

『楽しい』を磨きあげることが一番大事

「好きこそ物の上手なれ」とはよく言ったもので、

一つのことを長く続けて(続いて)いると、いつの間にかその分野に詳しい「専門家」になり、

その人にしかできない仕事になるかもしれません。

お父さん、お母さん方も、今のお仕事を続けているうちに色々な経験を積んで、自然とその分野に詳しくなっているのではありませんか?

「好き」と言えること以上に、「なんとなく続いていること」から得ているモノは大きいはずです。

 

中学や高校の頃に「自分の未来の姿を想像する」ことができる子どもなんて、ほんの一握り

「なりたい自分」とは、

「やっていて楽しいこと」「飽きないこと」「いつの間にか長く続く続いていること」・・

これらを楽しいと感じる自分なのではないでしょうか?

 

それを仕事として受け入れてくれる仕事も社会もどこかにあるはずです。

今はインターネットで世界中に「同じ想い」を持った仲間を探すことができるのですから

  
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