受験生への応援と期待を込めて!| 試験の朝にかけてあげたい言葉とは?

国公立大学個別試験(前期)は明後日2/25。3月に入ると間もなく公立高校入試。
今年の入試シーズンも佳境を迎えています。

「最後のひと踏ん張り」「次が勝負!」・・
今まで頑張ってきた実力を出しきるよう、本番まで体調管理だけは万全を期していただきたいと思っています。

 

普段着の言葉が一番ありがたい

試験当日の朝はどのように送り出しますか?

「何か気の利いたことを言わなければ・・」と親の方が緊張してしまいがちですが、

普段通りの、『行ってらっしゃい』の一言で十分なのです。

 

高校教員時代、これから受験会場に向かう、緊張感いっぱいの生徒たちにもよくその言葉をかけていました。

それは我が家の子育てへの姿勢と考え方と同じ理由からです。

そこで、その言葉に込めた想いについて書いてみたいと思います。

 

 

大学受験生にとっては、第一関門となる大学入試センター試験

その朝は、学校の教員も塾の講師たちも、会場に出向き生徒を送り出します


周囲からは、『頑張って』とか『今までの努力の成果を・・』という声も聞こえましたが、

受験生にプレッシャーを与えるような言葉はふさわしくないと思っていました。

 

自分の立場だったらたぶん、『頑張るのって当たり前じゃん?』くらいに思ったはずですし。

自分の息子たちの受験の時も「いつも通り」を意識していました。

 

「今日も普通の一日」という”演出”に欠かせなかったのが、

いつもと同じ『行ってらっしゃい』の言葉だったのです。

 

「急がせない」「焦らない」ことで手にできること

ウチの息子たちは二人とも結果的に第一希望の大学に合格しましたが、浪人も経験しました。

『浪人なんて考えられない!』という保護者にもたくさん出会ってきましたが、うちの場合はそれさえも想定内でした。

だって、もし自分の立場だったら、「自分の将来についてじっくりと考えないうちに、時間切れのように大学へ進学することは避けたい」と思うはず。

「浪人」というと、切羽詰まった受験生の姿をネガティブに思い浮かべる方もいらっしゃるかと思いますが、ウチの息子たちは、「この1年間で、自分探しをしながら勉強できる」と、

肩から荷を下ろして、一度自分について考えてみる、充実した時間を過ごしていたようです。

高校までは勉強に試験に部活に・・、ゆとりのない時間が慌ただしく去っていく日々が続きます。

まして、学校では進学先の相談には乗ってくれても、その先の生き方までは教えてくれません。

あまりにも狭い選択肢の中で自分が生きがいを感じる対象を見つけるには、時間がいります。

 

「自分が本当にやってみたいいものは何か?」といった、

自分について深く考える時間がかえって得られにくいのが学校であることは皮肉かもしれません。

話は息子たちが小さかった頃に移りますが、

我が家の子育て方針の一つは「急がせないこと」でした。

小さな時から、「ゆっくり大きくなろうね」と、実際に話しかけて、

夢中になっている時はそれを邪魔しないでおきました。

 

大きくなって、高校・大学受験の時も

「もしダメだったらまた来年頑張らせてほしい」という本人の気持ちを尊重し、

「いつまでに、○○しなくちゃダメ」とは一切言ったことはありません

(親が改めて言わなくても、学校のサイクルで行動すれば自然と本人は自覚するものです。)

そのためか、家では慌てなさすぎる性格に育ってしまった(笑)、

彼らに不安と「こんなんで大丈夫か?」という焦りも感じたことも正直言ってありましたが、

僕たち夫婦の胸の内だけに納めました。

そもそも、「生き方」は息子たち自身が気づき、そして決めることであり、

親が口出しするのは何か助言を求められた時だけ。

たとえ、ゴールにたどり着くのに時間がかかっても、そこで何かのプラス体験ができればそれでいいのです。

長い人生において、たった数年の遅れは大きなマイナスではなく

慌てている周囲のペースに合わせる必要はないとも思っていました。

彼らが自分のことは自分で決めて、好きなことを納得してやれていればそれでよいと、割り切っていたのです。

 

そして、受験のサポートとして親ができることは、美味しいご飯とあたたかなお風呂

そして、安心できる家を整えておくことでした。

「急がない・慌てない」を教えてくれた恩人とは

そのような、「急がせない子育て」のきっかけを与えてくれたのは、

息子たちがお世話になった保育園の園長先生でした。

 

当時は無認可の小さな保育園で、広い庭(雑草畑?)にはもたくさん。

子ども達は泥んこになって遊び、お迎えに行くと、手にはミミズやカエルやダンゴムシが。

 

最近は「アオッパナを垂らした子ども」など、見つけるのが難しくなりましたが、

20年前、そこにはたくさんいました。うちの子もそうです(笑

 

たくさんの習い事に通わせている親御さんもいらっしゃいましたが、

その保育園の方針は、「疲れるまで遊ばせること」と「美味しいご飯を食べさせること」

園長先生が手作りで昼食も作っていました。

また、その保育園では、文字などの勉強はほとんど教えません

これには当初、僕たちも不安を感じたものです。

同年代の子どもたちには、ひらがなカタカナはすっかりマスターしている子も増えてくる頃なのに、

ウチの息子たちは、虫や草、そして泥んこでした。

 

園長先生はよくおっしゃっていました。

『文字も計算も小学校に行けば教わりますから心配ないですよ』

そして、1歳から小学校に上がるまでの5年間、息子二人はお世話になりました。

 

小学校の初めの頃は、ひらがなを書くのもぎこちなかった息子たちに、

初めの頃は「大丈夫かな?」と思ったことも(正直)ありました。

 

しかし、小さい頃からの読み聞かせから本が大好き、

そして学校の勉強も楽しそうにしている息子たちなのでした。

また、保育園でいっぱい病気と免疫をもらったためか、体も丈夫になりました。

 

そして二人ともやがて田舎の公立中高から旧帝大に進学し、次男ももうすぐ社会人になります。

『ゆっくり大きくなろうね』と、急かさなかったこと。

 

これは、20歳をとっくに過ぎた今でも親と一緒に行動するのを嫌がらない

自分の住まいに帰る時は『じゃーねー』のハイタッチを忘れない、

今の親子関係に現れていると思います。

 

今まで懸命に受験勉強に時間とエネルギーを費やしてきた受験生にかけてきた言葉、

『行ってらっしゃい!』には、

「これも普通の一日。そしてキミは大丈夫!」

さらには、どんな結果も生き方も親として受け入れる

こんな、覚悟のような気持ちがありました。

  
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